確認テスト
江戸時代に一万石以上の領地を与えられた武士を何というか。
大名は幕府から領地を与えられ、その領地(藩)を治める権利と義務を持っていました。
一万石未満の江戸幕府の将軍直属の家臣のうち、将軍に直接会う事の出来たものを何というか。
旗本は幕府の重要な役職に就くことができ、将軍に直接謁見する権利を持っていました。
江戸幕府で将軍のもとに常に複数人置かれ、実際の政治に当たった役職を何というか。
老中は幕府の最高執政機関で、外交や重要政策の決定など、実質的な政治運営を担当しました。
江戸幕府で、京都に置かれ、朝廷の監視等の仕事を行った役職は何か。
京都所司代は朝廷や公家社会の監視、京都の治安維持などを担当しました。
江戸幕府で幕府の財政や天領(直轄領)の監督などを主な仕事とした役職は何か。
勘定奉行は幕府の財政を管理し、年貢の徴収や天領の管理などを行いました。
1615年、江戸幕府が朝廷を統制するために出した法令を何というか。
この法令により、朝廷や公家の行動が厳しく制限され、幕府の朝廷に対する優位性が確立されました。
1635年、徳川家光が武家諸法度に加えた、大名を1年おきに領地と江戸に住まわせる制度を何というか。
参勤交代制度は、大名の力を抑え、幕府の統制を強めるために導入されました。大名は1年交代で領地と江戸を行き来し、多額の費用がかかりました。
江戸時代の農民のうち、自分の耕地をもち、年貢を納める責任を負った者を何というか。
本百姓は自分の土地を持ち、年貢を納める責任者でした。村の中心的な存在で、農村の運営にも関わりました。
江戸時代に農村の運営に当たった庄屋(名主)、組頭、百姓代をまとめて何というか。
村役人(村方三役)は農村の自治を担当し、幕府や藩と村人の間に立って村の運営を行いました。税の徴収や争いの解決なども行いました。
江戸幕府によって統制されていた農民が、収穫の5割を年貢としてとられることを何というか。
五公五民は、収穫の半分(五割)を年貢として納め、残りの半分を農民が取る制度です。実際には地域や時期によって割合は変動しました。